1999年4月6日に成田空港から、息子をたった一人でモントリオールに送り出しました。
自分で希望して決めたとはいえ、15歳で誰も知人のいない、日本人もいない学校を選んで。送り出
した後、妻の涙は止まらず、「これでいいんだ」と噛みしめながら家まで帰りました。振り返る
と、中学校の進路を決める時に、息子は自分の夢を追いかけるため県内の高校ではなく上京してどう
にかしたいと親に相談してきました。いろいろ、話し合った結果、留学したいと本人が希望し、認め
ることにした訳です。但し、途中で投げ出さず、卒業して帰ってくること。或いは、大学まで行ける
ように頑張るという条件を付けました。
モントリオールの空港には、現地時間で22時に到着、空港
では、学校の先生、生徒が迎えてくれ、大変感激したと電話で連絡が入りました。この電話で一安心
でした。だが、これから暮らすホームステイの人たちはどうか、学校まではどう通うのか、費用の支
払いはと心配すると切りがないほどでした。
結果的には1年余りという短い留学でしたが、息子が
経験して得たものは、大変大きいものであったと思います。先ず第一に、言葉が自由に通じないとこ
ろで、友達をつくり、前向きに生きる術を知ったこと。そして第二に、自分の意志をはっきり言うこ
とができるようになったことであると思います。
親が経験したことは何かといいますと、遠いが
故に息子とのコミュニケーションが多くなったこと。例えば、ホストファミリーの人達との関係、
学校の先生のこと、偶然スポーツ活動が中止中であったので、一般の複数のクラブで活動したこと
など話をすることが沢山ありました。
ただ、直接ホームステイの両親や学校の先生と話をしなけ
ればならないことがあり、こちらも苦手な英語を辞書を引きながら手紙、メール、そして電話をしな
ければならなかったことがあります。
当面、親としては、ホームシックになり辛くなると一般に
言われている1ヶ月、3ヶ月を息子が如何に乗り切るかということを心配し、電話の向こうにいる息子
の顔を思い浮かべながら励ましたものです。
留学先の公立校は、ホームステイから車で10分ほどの
所にあり、初めて日本の留学生を受け入れた公立校です。同校には、まだESLのような留学生のための
システムがしっかりできていなかったと思います。それと、時々息子から聞く学校側の考え方と我々
の認識とのずれなどから、学校側と話し合う必要があると考え、丁度3ヶ月経った夏休みに私自身が
現地にいくことにしたのでした。息子と通訳をお願いした友人、ホストファミリーの両親も一緒に
お願いして、校長先生と話をしました。息子の学校での状況を訪ねたり、学校としては入学から卒
業までのステップと留学生にどのような教育をするのかをもう一度確認した訳です。ESLがないので、
本人の努力で英語をマスターし54単位を取り、かつフランス語を覚える必要があると。そこで、本
人も納得し9月からの新学期に意気込みを新たにしたと思います。
私が訪問したもう一つの目的
は、ホストファミリーの人達に会い、感謝と援助を伝えることでした。ホームステイ家は郊外の静
かな住宅街にあり、息子は、年下の4人の子ども達の中で兄弟の様な関係を築いていました。また、
トロントで行われた剣道選手権に息子を含めたクラブの人達が出場し、一緒に応援しましたが、学
校の外に沢山の友人ができていたことに親として大変安心しました。モントリオールも歴史と、文
化と清潔さのある素晴らしい町でした。
9月になると、新学期が始まり授業についていく苦労と
意気込みをメールしてきました。特にESLがなかったので、英語を覚えるのに大変苦労したようです。
しかし、友人達との話の中で学校の状況が話題となったときに、私立ではあるが素晴らしい学校
がある事を知り、たまたま、学校の事情でスポーツクラブ活動が中止されていたことも手伝って、自
分の夢に向かってどうしたらよいかを悩み、学校における勉学に急速に興味を失っていったようでし
た。
モントリオールに行って約半年、いろいろなことを経験し、悩み、そして自分の目的のために
BCSへの転校を決意し、学校側に伝えました。転校するに当たり、沢山の方に、とりわけ仲介していた
だいた友人に一方ならぬお世話になりました。また、何方も本人の為にと理解して頂いた事に本当に
感謝しています。
BCSには2000年1月から転校しました。同校には、世界各地から留学生が集まり、
全寮制の期待していたとおりの学校であると興奮して電話をしてきました。勉強もさることながら、
スポーツ、文化、芸能と全員が取り組むシステムがあり、ESLもしっかりしているとのことでした。
最初の公立校での成績も単位として認められ、その後息子は大変充実した留学生活を送りました。
親もやっと一息という感じで、胸を撫で下ろしたものです。
今、息子は石原プロモーションにい
ます。2000年5月から8月にかけて行われた一大オーディションに友人が応募し、準グランプリになっ
てしまったのです。その最中に行われた6月末の進級試験にも無事パスすることができました。ここで
も、親としては留学を続けることを望んだのですが、本人の夢に向かう気持から、大きなチャンスを
得、チャレンジしたいということで、現在に至っています。
最後に、カナダ、モントリオールの
お世話になった沢山の友人、先生に心から感謝しています。
長野県在住 渡邉
亮次